ごあいさつ
初めまして、理学療法士を生業としているハッシーと申します。
大阪出身、大阪育ちの生粋の関西人です。
やや面白味には欠けますが、トーク力は明石家さんまさんを目標に日々勉強している真っ最中です(笑)。
生まれた年は阪神タイガースが日本一になった、関西人には特別な1985年です(笑)。
アンチ阪神の方申し訳ありません。
小学校当時は初代たまごっちが発売され、偶然にも手にすることができ夢中になっていましたが、いつもいつもおやじっちになっておりました(わかる人にはわかるやつ(笑))。
そんな要領の極めて悪い、たまごっち等、ゲームもろくにできない、しがないおじさんです。
経歴(職歴)
高卒後~28歳
試験監督の補助業、ピザデリバリー、寿司デリバリー、スーパーマーケット、引っ越し業、タイヤ整備業、トラック運転手、アパレル業、居酒屋・洋食屋勤務、倉庫業、酒屋勤務、帽子メーカー勤務、フォークリフトオペレーター、整骨院勤務。
数の多さに驚かれた方もいるでしょう…もちろんアルバイトも含まれていますが、それでも良くも悪くも多いと自覚しています…そうです!!何を隠そう、続かないんです。
自慢する事ではないです…でも続かないんです…(汗
29歳~(理学療法士資格取得後)
一般病院(いわゆる地域の病院)
↓
急性期病院(他の地域からも大きな手術等のために受け入れるような大きい病院)
↓
福祉施設(手術を受けられ、病院を退院後に自宅に帰るための準備(リハビリ)をするための高齢者施設)
↓
福祉用具メーカー(この時だけ理学療法士の知識を活かしながら一時的に営業職をしていました)
↓
整形外科クリニック
現在に至る
こちらも数は多いと思います…
しかし、医療職はこんなものでしょう…たぶん(笑)。
私の生き様
大阪の北区にある某病院で、「おぎゃー」と生まれ、北区から一本、河を挟んだ町で育ち、結婚するまで一度もその町から離れた事はありませんでした…
あれ?気づきましたか?
そうなんです、こんな私も結婚しており二児の父でーーーす…しっかりしなくちゃいけなんです。(まぁこの話はおいといて…(笑))
幼少期の頃は一様な表現ですが活発で明るい子供でした。
込み入った話にはなりますけど、成長するにつれ家族環境がよろしくない方向に転がり、悲しい、寂しい思いをいっぱいしました。
その影響かはわかりまんせんが、少しばかり…いや物凄く(笑)、協調性のないネガティブな人間へと成長を遂げました(苦笑)。
ただ外出は好きで、ネガティブ思考ではありますが”内気”とまではいかない程度に社会交流はします。
親となり振り返ってみると、とんでもない子育て環境だったのかもしれませんが、今となっては笑い話です。
私自身が父となり自分の子供たちには似たような経験はさせたくない一心で、日々過ごしています。
また話は変わりますが私自身は遊ぶ・遊びに出かける事がだーーい好きで、勉強は大っ嫌いで、当然ながら義務教育での成績は極めて悪く、当時通っていた中学校は同級生が約400人ほど在籍するちょっとしたマンモス校だったのですが、3年生の担任の先生に、ヤンキーで時々しか来ない同級生の次に成績が悪いと評されました(笑)。
そういった事もあり、当然高校は学歴の低く、名前を書いたら受かると言われた知る人ぞ知る、大阪随一の〇ホ高校に入学しました。
本当に名前だけで合格するんですね(笑)。
今ではその学校は有名で人気の高校となっています(一応恩師へのフォロー(笑))。
また当然ながら高校卒業後は就職し、取り分け目的・目標もなく、のらりくらりと過ごしていました。
そうして月日が流れ…こんな私が理学療法士になれたんです!!!(笑)
話が飛びすぎてますか?
こんな私がどうして理学療法士を目指し、しかも合格したかって?
え?聞いていない?・・・お答えしましょう(笑)
人を観察するのが好きだったからです。理学療法士の世界では観察や分析する事を評価といいます。
本当に理由はシンプルに「人を観る(診る?)」であり、たまたまそういった行動を目の当りにした知人が”理学療法士”という職業を教えてくれ、養成学校に入学する運びとなりました。
学校に入学するのは比較的簡単で、問題は進級・卒業・国家試験のための勉強です。
んと、まぁぁぁぁぁ…大変でした(笑)。
なんせ義務教育開始以降、養成学校に入学するまで一切の勉強を怠ってきましたので…。
唯一「勉強した」かも。
と思えるものなんて自動車免許ぐらいです。
こんな私ですが、卒業・国家試験まで心を炊き続けてくれたものはズバリ!!!
お金です(笑)。
理学療法士になってからの給与ではないですよ。
のらりくらり過ごしていた私には貯金は一切なく、また家族環境もよろしくなかったせいか、家族の援助も受けれず一文なしで入学を決め、その入学・通学のための借金が私を駆り立て続けてくれたのです(笑)。
途中で辞めてしまうと、ただただ借金だけが残ります…それだけは避けたかった…。
もちろん進級するにつれ、現場に出た際の患者様を診たいという気持ちも大きくはなってきましたが…やはりただの借金になるのが…汗。
なんとかしがみ付き、国家試験まで辿り付きました…しかし、まさかの!!!
最初の国家試験を落としてしまうという失態…。
経歴でお気づきになられた方もいるかもしれませんがのらりくらり生き、また理学療法士を目指している私が「整骨院」に勤めている時期があります。
その頃はまさに国家試験浪人だったのです。
私たち医療従事者は大体、国家試験の合否の前に就職活動し、内定をもらいます…なので当然私も内定を頂いておりました。でも落ちてしまったので、内定もなくなりました。
その時に頭の悪い私でも、少なくとも「患者様」には触れておかなけらば、いざ国家試験合格し、就職しても私も患者様も大変な事になると思い、アルバイトではありましたが一年間だけ見習いとし、勤務させていただきました。
そういった流れで経歴に整骨院があるのです。
私の生き様を通し、ここで何を言いたいかと申しますと…
皆様、目指したいもの・目指そうとしたもの、もしくは目指していた”事”があるのなら諦めないで目指してみてください!
特に自分の事を「学力ないから」「勉強苦手だから」と考えるそこのあなた!!!(笑)
こんな私でも理学療法士になれたのです!!!
理学療法士になってから周囲には「めっちゃ勉強したんちゃうの?」「あんなん頭が良い奴がなる仕事ちゃうの?」と本当に本当に良く言われました。
また患者様からも本当に同じ内容や、さらには頭が良いとなれない仕事と思っておられるからか、崇められたりもしました。私は本当に無知で〇ホなんで理学療法士になるまでは自分が目指しているものがそんな風な印象を持つ職業とは思ってもみませんでした。
ただ体感的に、実際勉強は難しかったです。
しかしですよ!!!
こんな・あんな(前述内容)〇ホな低学力の私が実際になれたんです。
勉強が難しかったとは言いましたが、それは私の感覚です。
わずかばかりでも私より学力が高ければその”感覚”もまた違ったものになるでしょう。
ですので、学力のせいで何かを諦めてしまった方、もう一度目指しませんか。
何かの団体が謳っているかのような言い分ですが(笑)、一度諦めた心をもう一度呼びさましてみてください。
ながながと生き様と余談を語ってしまい申し訳ありません、とご講読頂きありがとうございます。
好きな事(物)・趣味
好きなのはビール・お好み焼き・焼肉・ラーメン・うどん・野球・車で、趣味としてはウィンドウショッピングならび街ブラ(子供と)・読書・野球観戦・スノーボード・食べ歩き(ラーメン・うどん・お好み焼き)・キャンプ・釣り・DIYで、多趣味といえばそうなのかもしれませんが、何も継続できない私は本当に全てが中途半端で、趣味と記載している中でも釣りやスノーボードなんかは一年以上しない時もあります…趣味と言ってはいけないレベルです…。でも好きなんです(笑)。
唯一欠かしていないと言えるには食べ歩きでしょうか…時間さえあればどこにでも食べにでかけます。特にラーメンは。ブログにもちょい、ちょい投稿していくつもりですので、お暇があればどうぞ覗いてやってください。それと時々、車をいじります。いじるといっても、エンジン内部等の精密な部分は触れませんがヘッドライトを交換してみたり、音響設備のメンテナンスやスピーカー交換等をします。特に”デッドニング”と言う作業が好きで、乗ってきた代々の車は全て、自らで行いました。簡単に言うと、車のドア等を補強して一つのスピーカーボックスに仕上げる事ですかね。素人なので上手に説明できませんが、要はスピーカーの力を最大限に発揮できる環境を作りあげる事です。今となってはもう良い事なのですが、私は車がとても好きで、高校の頃は車の整備士になりたいと思っていました。ただ当時は若かったせいか、学力の低さで完全に諦めていました。しかし理学療法士を取ってから改めて考えると、理学療法士の勉強ができたのなら整備士もできたんではないかと「はっ」と気づいてしまいました。矛盾してしまうので自分をフォローするつもりで言うと、今となっては整備士を諦めたのでなく、好きな事は趣味程度に留めておいた方が良いと考え、整備士の道は目指しませんでした(笑)。
車の記事も投稿していくつもりでいますので良かったら覗いてやってください。
最後に
中途半端で何も成し遂げれていない、自信もない私ではありますがこのブログは続けていきたいと強く思っています。私のでき得る限り、ご講読いただく皆様のお役に立てる情報を発信できればと考えており、皆さまも私がブログを続けていけてるかを随時確認・監督して頂ければ幸いです。
どうかこの何の取り柄もない私をどうぞ見守りくださいm(__)m
ハッシーでした。